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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)183号 判決

英領 西インド諸島 グランド ケーマン諸島

ジョージタウン ピーオーボックス 309

メイプルズ アンド コールダー気付

原告

シーゲイト テクノロジー インターナショナル

代表者

トーマス エフ ムルバニー

訴訟代理人弁護士

中村稔

熊倉禎男

富岡英次

宮垣聡

弁理士 井野砂里

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

松野高尚

吉村宅衛

小川宗一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成5年審判第14758号事件について、平成8年2月28日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年5月23日に米国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和60年5月23日、名称を「ディスク駆動装置の改良回転アクチュエータ」とする発明(平成3年12月11日付手続補正書による補正によって「ディスク駆動装置の回転ヘッド位置決め装置」と名称変更、以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭60-111298号)が、平成5年4月21日に拒絶査定を受けたので、同年7月19日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成5年審判第14758号事件として審理したうえ、平成8年2月28日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月1日、原告に送達された。

2  本願発明の特許請求の範囲第1項記載の発明の要旨

トランスデューサをディスク駆動装置の記録媒体上の作動検出位置に支持するための装置であって、

読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に延びる主軸線を有するトランスデューサに取付けられたスライダと、

回動点を中心として移動可能なアーム組立体と、

前記アーム組立体及び前記スライダに取付けられており、前記トランスデューサの前記主軸線が前記回動点を通るように、前記トランスデューサを前記アーム組立体に保持するための懸架装置とを有し、

前記懸架装置は、前記アーム組立体と前記スライダとの間でテーパされ、前記スライダとトランスデューサを支持するために十分な剛性を有し、かつ、前記スライダの近位で減少された質量と減少された前記回動点を中心とする慣性モーメントとを有するたわみ部を有し、

前記トランスデューサ主軸線が前記回動点を通ることによって、前記アーム組立体と前記たわみ部の熱膨張から生じるトランスデューサの位置決め誤差を、読み取るべきトラックの接線に対してほぼ平行な位置決め誤差に制限する装置。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明のうち、特許請求の範囲第1項記載の発明(以下「第1発明」という。)が、実願昭48-92855号(実開昭50-38711号公報)のマイクロフィルム(以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明1」という。)及び実公昭58-27373号公報(以下「引用例2」という。)に記載された発明並びに周知、慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができず、したがって、その余の発明(特許請求の範囲第13項記載の発明)に論及するまでもなく、本願は拒絶すべきであるとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、第1発明の要旨の認定、引用例1の記載事項の認定、引用例2の記載事項の認定のうち「前記コアは、読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に向いており、」(審決書5頁5~6行)との記載があるとする点を除くその余の部分、第1発明と引用例発明1との一致点及び相違点(1)~(3)の認定並びに相違点(1)についての判断は認め、その余は争う。

審決は、相違点(2)、(3)についての判断を誤って、第1発明が、引用例1、2に記載された発明並びに周知、慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(相違点(2)についての判断の誤り)

第1発明と引用例発明1との相違点(2)、すなわち、「第1発明のトランスデューサは、読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に延びる主軸線を有しており、かつ、トランスデューサの主軸線がアーム組立体の回動点を通るのに対して、引用例1のトランスデューサの主軸線はそのような構成を有するかどうかについて特に記載されていない点。」(審決書6頁10~16行)につき、審決は、「引用例2における『コア』、『アーム』はそれぞれ第1発明の『トランスデューサ』、『アーム組立体』に相当するから、トランスデューサの主軸線がアーム組立体の回動点を通り、かつ、読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に延びている構成は引用例2に記載されている。したがって、この点は引用例2を参照することにより容易に想到し得るものと認められる。」(同7頁18行~8頁6行)と判断した。

このうち、引用例2の「コア」、「アーム」がそれぞれ第1発明の「トランスデューサ」、「アーム組立体」に相当すること、トランスデューサの主軸線がアーム組立体の回動点を通る構成が引用例2に記載されていることは認めるが、その余は誤りである。

(1)  審決が、「トランスデューサの主軸線が・読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に延びている構成は引用例2に記載されている。」として引用するのは、引用例2の1欄37行~2欄11行及び図面第1図に従来例として記載された発明のことである(審決書4頁19行~5頁9行、以下この発明を「引用例発明2」という。)が、引用例2には、第1発明と同様の意味で「トランスデューサの主軸線が読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に延びている構成」が記載されているわけではない。

すなわち、第1発明の「読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に延びる主軸線を有するトランスデューサ」との構成における「読み取るべきトラック」とは、記録媒体において情報を記録するトラックであるから、そのすべてのトラックを意味し、結局、第1発明は、トランスデューサの主軸線が、すべてのトラックについてほぼ接線方向に接する構成を有する。そして、本願明細書図面第4図に示されるとおり、第1発明においては、読み取るべきトラックの中央で、トランスデューサの主軸線がトラックと接線方向に接しており、最内周及び最外周のトラックにおいてもトラックの接線方向とトランスデューサの主軸線とのずれが最小となる構成を前提としている。

これに対し、引用例発明2におけるトランスデューサは、最内周の1トラックに対してのみ接線方向に接し、外周方向に向かうにつれてトラックの接線方向とトランスデューサの主軸線とのずれは大きくなっている。

したがって、第1発明は引用例発明2に比べ、最外周におけるずれの角度、逸脱量がはるかに少なくなるものである。

また、第1発明の技術思想は、アームの重量、剛性及び長さの最適な組合せによって、「トランスデューサの位置決め誤差を、読み取るべきトラックの接線に対してほぼ平行な位置決め誤差に制限する装置」(第1発明の要旨)を提供することである。そこでいう「ほぼ平行」すなわち「ほぼ接線方向」とは、上記の諸要素の組合せにより、アームないし懸架装置の重量増加を伴いつつもその剛性を高める要請、アームないし懸架装置の重量を抑えるためにアームの長さを制限する要請、トランスデューサとトラックの接線とのずれの角度を最小にするためにアームないし懸架装置の長さを延ばす要請といった互いに相反する要請を調和させたうえで定まるものであり、具体的には、本願明細書の図面第3図のグラフに示されるように、本願出願当時のトランスデューサ等の技術水準の下で、13度程度までの逸脱しか許容され得ないものである。

第1発明の要旨には、かかる装置を得るための具体的構成は示されてはいないが、その点は、当業者であれば、発明の要旨によって容易に知り得るところであるから、特にその具体的構成を示す必要のないものである。第1発明で最も重要な点は、アームの剛性、慣性質量、長さといった要素を勘案してトランスデューサをディスク駆動装置の記録媒体上の作動検出位置に支持する装置を設計すべきことを明らかにした点に存するからである。

これに対し、引用例2の図面第1図及びこれに対応する明細書の記載においては、記録媒体での検出を正確に行うための上記諸要素の相互関係は一切考慮されていないうえ、いかなる程度の逸脱が許されるかについての示唆すら存しない。

以上の点で、引用例2には、第1発明と同様の意味で「トランスデューサの主軸線が読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に延びている構成」が記載されているとはいえないのである。

(2)  引用例2は、引用例発明2の装置(図面第1図)におけるコア(トランスデューサ)の向きとトラックの接線とが1トラックでしか一致しない欠陥を改良するため、あえて一定の角度をもってコアをアームに取り付け、コアの主軸線がアームの回動点を通らないことを特徴とする回転型アクセス機構を開示したものであるから、引用例2に接した当業者が、あえて欠陥を有するとされる引用例発明2の機構を引用例発明1と組み合わせることはあり得ないことである。

さらに、引用例2には、引用例発明2に関して「トラツク接線とコア方向のずれの最大角度はθで示される。このずれの最大角度を小さくするためにはアームの長さlを大きくすれば良いが、この場合装置全体の大きくなる、アーム自体の重量が重くなりアクセスの速さが遅くなる等の問題がある。」(甲第5号証2欄6~11行)と記載されている。これに対し、第1発明は、まさに、かかるアームの重量の増加に伴う慣性重量の増加等を防ぐために、各種の要素の最適な組合せを企図したものであり、引用例発明2とは全く異なる技術的思想に基づくものである。したがって、引用例2に接した当業者が、あえて引用例発明2の構成を採用して第1発明に想到することは到底考えられない。

(3)  のみならず、引用例1、2はいずれも昭和50年前後に出願されたものであるが、当時の磁気ディスク(記録媒体)及びヘッドのサイズは本願出願時に比べて大きく、また、磁気ディスクの記録密度も遥かに低かった。すなわち、熱膨張による僅かなアームの伸縮によってトラッキングエラーが生ずるほど、磁気ディスクのトラックが高密度に配列されてはいなかったのであり、そのため、第1発明が課題とする厳格な意味でのアームの正確な駆動への要請は存在せず、当然のことながら、引用例1、2はこのような課題についての認識を欠いている。したがって、第1発明が課題とする、熱膨張による僅かなアームの伸縮に起因するトラッキングエラーを防止するという課題を解決するために、このような課題についての認識を全く欠いている引用例1、2を組み合わせて第1発明に想到することは困難である。

引用例1、2に開示された磁気記憶装置と、第1発明が前提としている磁気記憶装置とでは、以上のように対象とする磁気記録媒体の記録密度等に大幅な差異があるものであって、それに伴って装置に要求される特性も大幅に異なるものであるから、そもそも両者を同等の磁気記憶装置として単純に比較すること自体許されない。

2  取消事由2(相違点(3)についての判断の誤り)

第1発明と引用例発明1との相違点(3)、すなわち、「第1発明の懸架装置は、前記アーム組立体と前記スライダとの間でテーパされ、前記スライダとトランスデューサを支持するために十分な剛性を有し、かつ、前記スライダの近位で減少された質量と減少された前記回動点を中心とする慣性モーメントとを有するたわみ部を有しているのに対して、引用例1のものは、たわみ部を有しているものの、テーパされているかどうか明確でない点」(審決書6頁17行~7頁4行)につき、審決は、「磁気ヘッドの懸架装置をテーパさせて、スライダの近位で減少された質量と減少された前記回動点を中心とする慣性モーメントとを有するものとすることは、磁気ディスク装置の回転型アクセス機構において慣用技術であるから(必要ならば、実願昭50-79184号(実開昭51-158207号)のマイクロフィルム、及び、米国特許第4071867号明細書・・・参照)、この点も当業者が適宜採用できる単なる設計的事項にすぎない。」(同8頁7~17行)と判断したが、誤りである。

審決の引用する実願昭50-79184号(実開昭51-158207号)のマイクロフィルム(以下「慣用例1」という。)及び米国特許第4071867号明細書(以下「慣用例2」という。)には、確かにテーパされた磁気ヘッドの懸架装置が開示されている。しかし、慣用例1、2に開示された懸架装置は、第1発明の懸架装置のように、スライダとトランスデューサを支持するための十分な剛性を有し、かつ、スライダの近位で減少された質量と回動点を中心とする減少された慣性モーメントとを有するものではない。

すなわち、第1発明の懸架装置は、トランスデューサを、速く、かつ、正確に移動させるために、たわみ部の質量及び慣性モーメントを減少させる一方で、これと相反する質量及び慣性モーメントの増加を伴うことは承知のうえで、剛性を付与する構成を採用したものであり、質量を減少させる要請と、質量の増加を伴いつつも剛性を持たせる要請とを調和したたわみ部を有する懸架装置である点に本質的特徴が存するものである

これに対し、慣用例1、2には、単にテーパされた磁気ヘッドの懸架装置が開示されているに止まり、これと、アーム及び懸架装置の剛性との組合せによって、より速く、かつ、正確に作動するアームを得るという技術的課題も、それを解決する手段も、何ら開示されていない。したがって、慣用例1、2に接した当業者が、これらを引用例発明1と組み合わせることによって本願第1発明に想到することは困難であるといわなければならない。

のみならず、慣用例1、2も1975年(昭和50年)前後に出願されたもので、上記のとおり、引用例1を含め、第1発明が前提としている磁気記憶装置とでは、対象とする磁気記録媒体の記録密度等に大幅な差異があるものであって、それに伴って装置に要求される特性も大幅に異なるものであるから、両者を同等の磁気記憶装置として単純に比較すること自体許されない。

第4  被告の反論の要点

1  取消事由1(相違点(2)についての判断の誤り)について

(1)  審決が引用例2から引用するのが、その1欄37行~2欄11行及び図面第1図に記載された引用例発明2であること、第1発明の要旨の「読み取るべきトラック」がすべてのトラックを意味すること、引用例発明2におけるトランスデューサが1トラックに対してのみ接線方向に接することは認める。

回転式のアーム(回転アクチュエータ)においては、トランスデューサの主軸線が厳密に接線方向に接するトラックは物理的に1つだけであるから、この1トラック以外の他のトラックについては、アームの回動に伴い主軸線とトラックの接線とに逸脱が生ずることは明らかである。したがって、第1発明の「読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に延びる主軸線を有するトランスデューサ」との構成における「ほぼ」とは、トランスデューサによるデータの読書きに支障のない程度の接線方向からの逸脱を許容する趣旨の表現である。

他方、引用例発明2においても、トランスデューサの主軸線は1トラックに対してのみ接線方向に接し、他のトラックに対しては接線方向から逸脱しているが、許容される逸脱量はデータの読書きに支障のない範囲のものとするのが技術的に妥当であり、引用例発明2における逸脱量もその範囲のものと解されるから、「読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に延びる主軸線を有するトランスデューサ」として、第1発明と何ら差異がないものである。

原告は、第1発明は、本願明細書図面第4図に示されるとおり、読み取るべきトラックの中央で、トランスデューサの主軸線がトラックと接線方向に接していることを前提とするのに対し、引用例発明2におけるトランスデューサは、最内周のトラックに対して接線方向に接していると主張するが、第1発明の要旨の「ほぼ接線方向」という規定が、実施例である本願明細書図面第4図の構成のみに限定して解釈されるべき特段の理由はない。のみならず、特開昭58-68271号公報(乙第1号証)に見られるように、トランスデューサの主軸線が中央部のトラックに対し、トラックの接線方向と平行となる構成も従来周知である。

また、原告は、第1発明においては13度程度までの逸脱しか許容され得ないのに対し、引用例2にはいかなる程度の逸脱が許されるかについての示唆すら存しないと主張する。しかし、上記のとおり、許容される逸脱量はデータの読書きに支障のない範囲のものとするのが技術的に妥当であり、引用例2には、許容される逸脱量の限界についての具体的な記載がないものの、引用例発明2の逸脱量はその範囲内のものと解される。本願明細書及び図面第3図に記載された13度程度までの逸脱に格別の技術的意義を見出すことはできず、したがって、13度程度までの逸脱が「ほぼ接線方向」の範囲内であるとすることはできない。

この点に関し、原告は、第1発明の技術思想は、アームの重量、剛性及び長さの最適な組合せによって、「トランスデューサの位置決め誤差を、読み取るべきトラックの接線に対してほぼ平行な位置決め誤差に制限する装置」を提供することであり、「ほぼ平行」すなわち「ほぼ接線方向」とは、上記の諸要素の組合せにより互いに相反する要請を調和させたうえで定まるものであると主張するが、第1発明の要旨には、アームの重量、剛性及び長さの最適な組合せに係る構成は規定されていないから、この主張は、第1発明の要旨に基づかないものである。

(2)  原告は、引用例2は、引用例発明2の装置の欠陥を改良するため、コア(トランスデューサ)の主軸線がアームの回動点を通らないことを特徴とする回転型アクセス機構を開示したものであるから、引用例2に接した当業者が、あえて欠陥を有するとされる引用例発明2の機構を引用例発明1と組み合わせることはあり得ないと主張する。

しかし、引用例2に「回転式のアームにおいては、第1図に示すようにアーム1の回転中心2とアーム1の先端に設けられたコア3を結ぶ線とコア3の向きは平行のものが一般的である。」(甲第5号証1欄末行~2欄3行)と記載されているとおり、引用例2の頒布当時、回転式アームの一般的構成として、第1発明の構成要件であるトランスデューサの主軸線がアームの回動点を通るという構成が知られていたことが明らかである。

引用例2の図面第2図のものは、コアの主軸線のトラックの接線方向からの逸脱を少なくすることを目的として、あえて一定角度をもってコアをアームに取り付けた発明であるが、審決は、図面第1図(引用例発明2)の構成を引用したものであり、これが、回転式アームの一般的構成として知られていることは上記のとおりであるから、引用例2に接した当業者が、この一般的構成を採用することに何ら支障はない。

(3)  また、原告は、引用例1、2は、第1発明が課題とする、熱膨張による僅かなアームの伸縮に起因するトラッキングエラーを防止するという課題の認識を欠いており、このような課題についての認識のない引用例1、2を組み合わせて第1発明に想到することは困難であると主張する。

しかし、上記のとおり、引用例2には、回転式アームの一般的構成として、トランスデューサの主軸線がアームの回動点を通るという構成が記載されているところ、第1発明は、熱膨張による僅かなアームの伸縮に起因するトラッキングエラーを防止するために、トランスデューサの主軸線がアームの回動点を通るという構成を採用したものであるから、引用例2に記載された上記の構成は上記課題を解決する手段を含むものであり、引用例2がその課題についての認識を欠いているとの主張は、失当である。

2  取消事由2(相違点(3)についての判断の誤り)について

原告は、慣用例1、2に接した当業者が、これらを引用発明1と組み合わせることによって本願第1発明に想到することは困難であると主張するが、審決は、磁気ヘッドの懸架装置をテーパさせた構成が慣用技術であることの例示として、慣用例1、2を挙げたにすぎない。

そして、磁気ヘッドの懸架装置がスライダとトランスデューサを支持するために十分な剛性を有することは自明の構成であり、また、回転式アームにおいて、懸架装置がテーパされることによって、スライダの近位で減少された質量と減少された回動点を中心とする慣性モーメントとを有することも明らかである。

なお、原告は、第1発明の懸架装置が、「質量を減少させる要請と、質量の増加を伴いつつも剛性を持たせる要請とを調和したたわみ部を有する懸架装置である点に本質的特徴が存する」と主張するが、この主張は、第1発明の要旨に基づかないものである。

また、引用例1及び慣用例1、2と第1発明とでは対象とする磁気記録媒体の記録密度等に大幅な差異があり、それに伴って装置に要求される特性も大幅に異なるとの主張は、具体的には、第1発明が課題とする、熱膨張による僅かなアームの伸縮に起因するトラッキングエラーを防止するという課題の認識を問題とするものであって、本来、相違点(2)に係るものであるところ、この主張が理由がないことは上記1の(3)のとおりである。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点(2)についての判断の誤り)について

(1)  引用例2(甲第5号証)には、「回転する円板型の磁気記録媒体と、該記録媒体外の一点を中心として回転し得るアームの一端に該記録媒体から情報を読出すためのコアを備えた回転型アクセス機構において、少なくとも最外周トラツク及び最内周トラツクにおけるトラツク接線方向と前記コアとが略平行となるように前記コアを前記アームの回転中心とコアを結ぶ線と一定の角度をなすように前記アームに取付けられている事を特徴とする回転型アクセス機構」(同号証実用新案登録請求の範囲)が記載されているが、審決が、引用例2から引用するのが、その考案の詳細な説明に「回転式のアームにおいては、第1図に示すようにアーム1の回転中心2とアーム1の先端に設けられたコア3を結ぶ線とコア3の向きは平行のものが一般的である。このためどこか1トラツクしかコアの向きとトラツク器は一致せず、コア3の向きはデイスク5のトラツク4の位置により本質的にずれを生じる。トラツク接線とコア方向のずれの最大角度はθで示される。このずれの最大角度を小さくするためにはアームの長さlを大きくすれば良いが、この場合装置全体の大きくなる、アーム自体の重量が重くなりアクセスの速さが遅くなる等の問題がある。」(同号証1欄37行~2欄11行)と記載されている引用例発明2であり、これについてはトランスデューサの主軸線がアーム組立体の回動点を通る構成が記載されていることは当事者間に争いがない。

また、引用例発明2におけるトランスデューサが1トラックに対してのみ接線方向に接することも当事者間に争いがないが、引用例2の前示記載に「第1図に示すようにアーム1の回転中心2とアーム1の先端に設けられたコア3を結ぶ線とコア3の向きは平行のものが一般的である。このためどこか1トラツクしかコアの向きとトラツク接線は一致せず、」とあるように、トランスデューサの主軸線がアーム組立体の回動点を通る構成の回転式アームは、トランスデューサがある1トラックに対してのみその接線方向で接し、その他のトラックではトランスデューサの主軸線とトラックの接線方向とにずれが生ずることは物理的に明らかであり、そのことはトランスデューサの主軸線がアーム組立体の回動点を通る構成である第1発明についても妥当する。そして、そのように、ある1トラック以外のトラックでは、トランスデューサの主軸線がトラックの接線方向から逸脱するとしても、トランスデューサはすべてのトラックとの間でデータの読書きを行うものであるから、その逸脱量はデータの読書きに支障のない範囲で許容されるものと解するのが技術常識である。

そうすると、第1発明の要旨の「読み取るべきトラック」がすべてのトラックを意味することは当事者間に争いがないから、第1発明の「読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に延びる主軸線を有するトランスデューサ」との構成における「ほぼ」とは、トランスデューサによるデータの読書きに支障のない範囲の接線方向からの逸脱を許容する趣旨の表現であるものと認められる。

他方、引用例発明2についても、同様に、トランスデューサの主軸線のトラックの接線方向からの逸脱は、当然、データの読書きに支障のない範囲に納まるように設定されているものと見るべきであり、したがって、引用例発明2も、第1発明と同様に「読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に延びる主軸線を有するトランスデューサ」との構成を備えるものということができる。

原告は、本願明細書図面第4図に示されるとおり、第1発明においては、読み取るべきトラックの中央で、トランスデューサの主軸線がトラックと接線方向に接する構成を前提とするのに対し、引用例発明2におけるトランスデューサは、最内周の1トラックに対してのみ接線方向に接しているから、第1発明は引用例発明2に比べ、最外周におけるずれの逸脱量がはるかに少なくなると主張する。そして、本願明細書(甲第2号証)には、「重要な制限値は、最内方トラック62と最外方トラック64との間の移動量の限界点におけるヘッドとトラックのなす角度“アルファ”でありこれは図4に図式的に示されている。・・・読取るべきディスクの中央トラックが対称点を構成するようにこのキャリエージアームの回動点を選択する。」(同号証4頁左下欄15行~右下欄4行)と記載されており、図面第4図には、トランスデューサの主軸線が、最内周トラック及び最外周トラックと、それぞれの接線との角度をαとして接している図が示されているが、該記載は発明の詳細な説明の「好ましい実施例」(同3頁右下欄4行以下)に係るものであり、前示第1発明の要旨には、トランスデューサの主軸線がどの位置のトラックでその接線方向に接するかについて何らの規定もなく、この点についての第1発明の構成を前示実施例記載のものに限定する理由もないから、原告の上記主張は、採用し難い。

また、原告は、第1発明の「ほぼ接線方向」とは、アームの剛性、慣性質量、長さの最適な組合せによって、これらの諸要素の互いに相反する要請を調和させたうえで定まるものであり、具体的には、13度程度までの逸脱しか許容され得ないものであるのに対し、引用例2では、引用例発明2に関し、これらの諸要素の相互関係は一切考慮されていないうえ、いかなる程度の逸脱が許されるかについての示唆すら存しないと主張する。しかし、前示第1発明の要旨には、アームの剛性、慣性質量、長さの最適な組合せについても、トランスデューサの主軸線のトラックの接線方向からの逸脱を13度程度までとすることについても、何ら規定されておらず、また、当業者であっても、第1発明の要旨に基づいてこれらの事項を容易に知り得るものとは解されないから、原告のこの点についての主張も、第1発明の要旨に基づかない主張というべきであって、採用することができない。

(2)  前示のとおり、引用例2には、引用例発明2に関して「どこか1トラツクしかコアの向きとトラツク接線は一致せず、コア3の向きはデイスク5のトラツク4の位置により本質的にずれを生じる。・・・このずれの最大角度を小さくするためにはアームの長さlを大きくすれば良いが、この場合装置全体の大きくなる、アーム自体の重量が重くなりアクセスの速さが遅くなる等の問題がある。」と記載されているところ、前示引用例2の実用新案登録請求の範囲に記載された「少なくとも最外周トラツク及び最内周トラツクにおけるトラツク接線方向と前記コアとが略平行となるように前記コアを前記アームの回転中心とコアを結ぶ線と一定の角度をなすように前記アームに取付けられている事を特徴とする回転型アクセス機構」の発明は、この「1トラツクしかコアの向きとトラツク接線は一致せず、コア3の向きはデイスク5のトラツク4の位置により本質的にずれを生じる」という欠点の改良を企図したものと認められる。

しかるところ、原告は、引用例2に接した当業者が、あえて欠陥を有するとされる引用例発明2の機構を引用例発明1と組み合わせることはあり得ないと主張し、また、ずれの最大角度を小さくするためにアームの長さを大きくした場合、アーム自体の重量が重くなる等の問題があるとされている引用例発明2と、アームの重量の増加に伴う慣性重量の増加等を防ぐために、各種の要素の最適な組合せを企図した第1発明とは技術思想が全く異なるから、引用例2に接した当業者が、あえて引用例発明2の構成を採用して第1発明に想到することは考えられないとも主張する。

しかし、引用例発明1が「トランスデューサをディスク駆動装置の記録媒体上の作動検出位置に支持するための装置であって、回動点を中心として移動可能なアーム組立体と、前記アーム組立体に取付けられており、前記トランスデューサを前記アーム組立体に保持するための懸架装置とを有する」(審決書5頁17行~6頁2行)点で第1発明と一致すること、また、引用例発明2も、「回動点を中心として移動可能なアーム」(同5頁6~7行)を有することは、いずれも当事者間に争いがなく、引用例発明2は引用例発明1と同様、回動点を中心として移動可能なアーム、すなわち回転式アームを備えるディスク駆動装置であるのみならず、前示のとおり、引用例2に「回転式のアームにおいては、第1図に示すようにアーム1の回転中心2とアーム1の先端に設けられたコア3を結ぶ線とコア3の向きは平行のものが一般的である。」と記載されていることに照らして、引用例発明2のトランスデューサの主軸線がアームの回動点を通るという構成は、その頒布当時、回転式アームにおいて一般的であったことが認められるから、当業者が相違点(2)につき引用例発明1に引用例発明2を適用することは容易であったものといわざるを得ない。引用例2に記載された前示「1トラツクしかコアの向きとトラツク接線は一致せず、コア3の向きはデイスク5のトラツク4の位置により本質的にずれを生じる。」との記載が示すトランスデューサの主軸線のトラックの接線方向からの逸脱も、前示のとおり、データの読書きに支障のない範囲で許容されるものと解されるから、これを妨げるべき事情に当たるものと解することはできない。

また、引用例2の「このずれの最大角度を小さくするためにはアームの長さlを大きくすれば良いが、この場合装置全体の大きくなる、アーム自体の重量が重くなりアクセスの速さが遅くなる等の問題がある。」との記載は、アームを長くすることが、トランスデューサの主軸線のトラックの接線方向からの逸脱を減少させるための解決方法の一つであるものの、これと、アクセスの速度を速くするためにアームの重量を抑えること等とが互いに相反する技術的要請であることを指摘し、トラックの接線方向との逸脱減少を解決するために、重量増加等を無視してアームを長くすることはできないことを記載したものであることは明らかであるところ、アームの長さ、その重量ともに定量的な要素であるから、前示記載中には、その調和を図る技術的思想が当然含まれているものと解される。したがって、仮に、第1発明の技術思想が原告主張のようなものであるとしても、これと引用例発明2の技術思想が全く異なるものということはできない。

(3)  引用例1(甲第4号証)の出願日は昭和48年8月7日、引用例2(甲第5号証)の出願日は昭和50年12月12日であるところ、原告は、引用例1、2の出願当時は、本願出願時に比べ、磁気記録媒体の記録密度が遥かに低かったので、引用例1、2は、第1発明が課題とする、熱膨張による僅かなアームの伸縮に起因するトラッキングエラーを防止するという課題の認識を欠いており、これを組み合せて第1発明に想到することは困難であると主張する。

しかしながら、ディスク駆動装置に限らず、精密機械装置の技術分野において、熱膨張に起因する誤差やエラーの発生を防ぐ課題が古くから知られていたことは公知の事実というべきである。そして、前示第1発明の要旨に照らして、第1発明は、熱膨張によるアームの伸縮に起因するトラッキングエラーの防止という課題に対し、読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に延びるトランスデューサの主軸線が、アーム組立体の回動点を通ることによって、アームの熱膨張から生じるトランスデューサの位置決め誤差を読み取るべきトラックの接線に対してほぼ平行な位置決め誤差に制限するという方法でこれを解決するものであることは明らかであるところ、第1発明と同様に、引用例発明2におけるトランスデューサの主軸線が読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に、すなわち、トランスデューサの主軸線のトラックの接線方向からの逸脱がデータの読書きに支障のない許容範囲に納まるように延びるものであることは前示のとおりであり、したがって、引用例発明2においても、第1発明と同様、アームの熱膨張から生じるトランスデューサの位置決め誤差を読み取るべきトラックの接線に対してほぼ平行な位置決め誤差に制限する効果を奏するものと認められる。そうすると、引用例発明2の前示構成はアームの熱膨張に起因する課題の解決手段を含むものと推認することができ、その課題の認識がないとする原告の主張は、採用し難い。

なお、引用例1、2の出願当時と本願出願当時では、磁気記録媒体の記録密度に相当の差異があることも推認し得るところ、原告は、それに伴って装置に要求される特性も大幅に異なるものであるから両者を同等の磁気記憶装置として単純に比較すること自体許されないと主張するが、これが、記録密度とアームの熱膨張によるトラッキングエラー防止の課題との関係に関する主張であれば、前示のとおり、この課題に対する第1発明の解決手段が引用例発明2と本質的に異ならないことに照らして、記録密度に差異があるとしても課題の性質が質的に異なるものとなったとは認め難く、また、他の点に関する主張であるとすれば、具体性を著しく欠くものであって、いずれにしても、原告のこの主張も、失当である。

(4)  以上のとおり、審決の相違点(2)についての判断に誤りがあるとする原告の主張は、いずれも失当であり、審決のこの点についての判断に誤りはない。

2  取消事由2(相違点(3)についての判断の誤り)について

慣用例1(甲第7号証)には、「先端にヘツドを設けたヘツドアームを回転運動により磁気デイスク上のトラツクにヘツドを位置決めする案内機構」(同号証実用新案登録請求の範囲)が記載され、その図面第1図には磁気ヘッドを先端に設けた回転式アーム(懸架装置)を先端に向けてテーパさせた構成が示されており、また、1978年1月31日に頒布された刊行物であると認められる慣用例2(甲第8号証)には、「回転駆動するディスクドライブ装置」(同号証訳文要約欄)が記載され、その図面第4図にも、同様に、ヘッドを先端に設けた回転式アーム(懸架装置)を先端に向けてテーパさせた構成が示されている。このことからすると、本願出願当時、ディスク駆動装置の回転型アクセス機構において、磁気ヘッドを先端に設けた回転式アームの懸架装置を先端に向けてテーパさせる構成は慣用技術であったものと認めることができる。

そして、先端に向けてテーパされ、スライダの近位が細くなった懸架装置が、テーパされない場合と比較して、スライダの近位で減少された質量を有し、回動点を中心とする慣性モーメントが減少することは、物理的に明らかであるから、懸架装置を先端に向けてテーパさせる構成を採用した場合には、スライダの近位で減少された質量と減少された回動点を中心とする慣性モーメントとを有することも当然に備わるべき構成というべきである。

さらに、懸架装置のたわみ部はスライダとトランスデューサを支持するものであるから、そのために十分な剛性をもつことは必須であり、スライダとトランスデューサを支持するために十分な剛性を有するように構成することは自明のことである。

そうすると、引用例発明1に、前示慣用技術を適用して、懸架装置のたわみ部を、アーム組立体とスライダとの間でテーパされ、スライダとトランスデューサを支持するために十分な剛性を有し、かつ、スライダの近位で減少された質量と減少された前記回動点を中心とする慣性モーメントとを有する構成とすることは、当業者が適宜採用することができるものといわざるを得ない。

原告は、第1発明の懸架装置は、質量を減少させる要請と、質量の増加を伴いつつも剛性を持たせる要請とを調和したたわみ部を有する懸架装置である点に本質的特徴が存するのに対し、慣用例1、2には、単にテーパされた磁気ヘッドの懸架装置が開示されているに止まり、これと、アーム及び懸架装置の剛性との組合せによって、より速く、正確に作動するアームを得るという技術的課題も、それを解決する手段も開示されておらず、第1発明の懸架装置のように、スライダとトランスデューサを支持するための十分な剛性を有し、かつ、スライダの近位で減少された質量と回動点を中心とする減少された慣性モーメントとを有するものではないと主張する。

しかし、前示第1発明の要旨には、第1発明の懸架装置が、質量を減少させる要請と、質量の増加を伴いつつも剛性を持たせる要請とを調和したたわみ部を有すること、あるいはそのための懸架装置のテーパに関連した質量と剛性との具体的な組合せについては何ら規定されていないから、第1発明がそのような構成であることを前提とする主張は、第1発明の要旨に基づかないものといわざるを得ず、これを採用することができない。そして、磁気ヘッドを先端に設けた回転式アームの懸架装置を先端に向けてテーパさせる構成が慣用技術であり、これに伴って、スライダの近位で減少された質量と減少された回動点を中心とする慣性モーメントとを有する構成も当然に備わること、また、懸架装置をスライダとトランスデューサを支持するために十分な剛性を有するように構成することが自明であること自体は前示のとおりである。

なお、原告は、慣用例1、2及び引用例1と第1発明が前提としている磁気記憶装置とでは、対象とする磁気記録媒体の記録密度等に大幅な差異があるものであって、それに伴って装置に要求される特性も大幅に異なるものであるから、両者を同等の磁気記憶装置として単純に比較すること自体許されないと主張するが、この主張が失当であることは前示1の(3)のとおりである。

したがって、審決の相違点(3)についての判断が誤りであるとする原告の主張は、いずれも失当であり、審決のこの点についての判断に誤りはない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間の指定につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成5年審判第14758号

審決

英領 西インド諸島 グランド ケーマン諸島 ジョージタウン ピーオーボックス 309 メイプルズ アンド コールダー気付

請求人 シーゲイト テクノロジー インターナショナル

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 中村稔

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 大塚文昭

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 宍戸嘉一

東京都千代田区丸の内3-3-1 新東京ビル6階 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 竹内英人

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 今城俊夫

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 小川信夫

東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所

代理人弁理士 村社厚夫

昭和60年特許願第111298号「ディスク駆動装置の回転ヘッド位置決め装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年3月14日出願公開、特開昭61-51678)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

(手続きの経緯、本願発明の要旨)

本願は、昭和60年5月23日(優先権主張1984年5月23日、米国)の出願であって、その発明の要旨は、平成8年1月4日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲の第1項及び第13項に記載されたとおりのものと認められるところ、その第1項に記載された発明(以下、「第1発明」という。)は次のとおりである。

「トランスデューサをディスク駆動装置の記録媒体上の作動検出位置に支持するための装置であって、読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に延びる主軸線を有するトランスデューサに取付けられたスライダと、回動点を中心として移動可能なアーム組立体と、前記アーム組立体及び前記スライダに取付けられており、前記トランスデューサの前記主軸線が前記回動点を通るように、前記トランスデューサを前記アーム組立体に保持するための懸架装置とを有し、前記懸架装置は、前記アーム組立体と前記スライダとの間でテーパされ、前記スライダとトランスデューサを支持するために十分な剛性を有し、かつ、前記スライダの近位で減少された質量と減少された前記回動点を中心とする慣性モーメントとを有するたわみ部を有し、前記トランスデューサ主軸線が前記回動点を通ることによって、前記アーム組立体と前記たわみ部の熱膨張から生じるトランスデューサの位置決め誤差を、読み取るべきトラックの接線に対してほぼ平行な位置決め誤差に制限する装置。」

(引用例)

これに対して、当審からの平成7年6月19日付けの拒絶理由(以下、「当審からの拒絶理由」という。)に引用した、本願の優先権主張日前に国内において頒布された、実願昭48-92855号(実開昭50-38711号)のマイクロフィルム(以下、「引用例1」という。)には、磁気記憶装置が開示されており、詳細にみると、

「駆動用モータの回転により磁気ディスクが所定の回転を行い、この磁気ディスクの回転にともなって発生する磁気ディスク表面の空気流により磁気ヘッドが板ばねの圧着力に抗して磁気ディスク表面より所定の寸法浮上し、磁気ヘッドが磁気ディスク表面の磁性皮膜に摺接することなく磁気ディスク表面を相対回動して記憶再生を行う」(明細書第2頁第7~14行)、及び、「第2図および第3図において、基板の裏側面に駆動用モータが固定され、この駆動用モータの回転軸は前記基板を貫通し、その先端部に磁性皮膜を表面に施した磁気ディスクが固着されている。一方磁気ヘッドはヘッドアームの遊端部に固定され、前記従来例と同様に磁気ディスク表面に所定の軽い荷重で圧着されている。このヘッドアームは遊端側の板ばねと回動軸に固着された取付腕とから構成され、前記回動軸は前記基板の磁気ディスク外周側部に固着された軸受により回動自在に支承されている」(明細書第3頁第5~16行)と記載されている。

また、同じく当審からの拒絶理由で引用した、実公昭58-27373号公報(以下、「引用例2」という。)には、回転型アクセス機構が開示されており、該公報第1欄第37行~第2欄第11行の記載並びに第1図を参照すると、「コアをディスク上の作動検出位置に支持するための装置であって、前記コアは、読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に向いており、回動点を中心、として移動可能なアームと、前記コアの向きが前記回動点を通るようにコアをアームに保持する、コアを支持するための装置」が記載されている。

(対比)

そこで、本願の第1発明と引用例1に記載されたものとを比較すると、引用例1における「磁気ヘッド」、「取付腕」、「板ばね」は、それぞれ第1発明の「トランスデューサ」、「アーム組立体」、「懸架装置」に相当するから、両者は、

「トランスデューサをディスク駆動装置の記録媒体上の作動検出位置に支持するための装置であって、回動点を中心として移動可能なアーム組立体と、前記アーム組立体に取付けられており、前記トランスデューサを前記アーム組立体に保持するための懸架装置とを有する」点で一致し、以下の3点で相違する。

相違点:

(1)第1発明のトランスデューサはスライダに取付けられているのに対して、引用例1のものはスライダに取付られているのかどうかについて特に記載されていない点。

(2)第1発明のトランスデューサは、読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に延びる主軸線を有しており、かつ、トランスデューサの主軸線がアーム組立体の回動点を通るのに対して、引用例1のトランスデューサの主軸線はそのような構成を有するかどうかについて特に記載されていない点。

(3)第1発明の懸架装置は、前記アーム組立体と前記スライダとの間でテーパされ、前記スライダとトランスデューサを支持するために十分な剛性を有し、かつ、前記スライダの近位で減少された質量と減少された前記回動点を中心とする慣性モーメントとを有するたわみ部を有しているのに対して、引用例1のものは、たわみ部を有しているものの、テーパされているかどうか明確でない点。

(当審の判断)

そこで、この相違点について検討する。

まず、相違点(1)については、引用例1の磁気ヘッド(トランスデューサ)も浮動型であり、かつ、浮動型磁気ヘッドにおいて磁気ヘッド(トランスデューサ)をスライダに取付けることは従来周知であるから、この点は当業者が適宜採用できる単なる設計的事項と認められる。(必要ならば、松本光功著「磁気ヘッドと磁気記録」昭和58年3月15日総合電子出版社発行、第161~162頁(当審からの拒絶理由で挙げた参考文献)参照)

次に、相違点(2)については、引用例2における「コア」、「アーム」はそれぞれ第1発明の「トランスデューサ」、「アーム組立体」に相当するから、トランスデューサの主軸線がアーム組立体の回動点を通り、かつ、読み取るべきトラックに対してほぼ接線方向に延びている構成は引用例2に記載されている。

したがって、この点は引用例2を参照することにより容易に想到し得るものと認められる。

そして、相違点(3)については、磁気ヘッドの懸架装置をテーパさせて、スライダの近位で減少された質量と減少された前記回動点を中心とする慣性モーメントとを有するものとすることは、磁気ディスク装置の回転型アクセス機構において慣用技術であるから(必要ならば、実願昭50-79184号(実開昭51-158207号)のマイクロフィルム、及び、米国特許第4071867号明細書(当審からの拒絶理由における引用例)参照)、この点も当業者が適宜採用できる単なる設計的事項にすぎない。

(むすび)

以上のとおりであるから、本願の第1発明は、引用例1、2に記載された発明及び前記周知、慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

したがって、本願の特許請求の範囲第13項に記載された発明について論及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成8年2月28日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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